要旨
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本論は、イノベーション研究のためにオーラル・ヒストリーを用いること
を想定し、その方法論について纏めたものである。近年になって、社会科学
の研究手法の一つとして、オーラル・ヒストリーに注目が集まっている。オ
ーラル・ヒストリーでは、企業の社史や財務資料、政府の公式文書や議事録、
あるいは特許や論文といった文字資料には残されていない情報を明らかにす
ることができる。しかし、実際に理論や仮説の構築のためにオーラル・ヒス
トリーを用いるうえでは、方法論上の幾つかの固有の問題が生じる。オーラ
ル・ヒストリーの利点を最大限に活用するためには、これらの問題点につい
て理解し、可能な限り対処することが求められる。
本論は、単に資料の蓄積や歴史の再構成といった目的でオーラル・ヒスト
リーを用いるというよりも、理論構築や仮説導出のためにオーラル・ヒスト
リーをエビデンスの一つとして用いることを想定している。企業家研究など
では、個人のライフストーリーを記述するような伝記的な研究に留まるもの
も少なくない。しかし、あくまでオーラル・ヒストリーを社会科学における
エビデンスとして捉えるのであれば、理論的なサンプリング・綿密なインタ
ビューの設計・語りの解釈といったプロセスが必要とされる。
また、本論では、オーラル・ヒストリーを用いた実際の研究を幾つか取り
上げ、その内容と方法論についてレビューする。それらは企業家研究、政策
プロジェクト研究、そして組織慣行の研究である。これらの事例を取り上げ
ることで、オーラル・ヒストリーによってなにを明らかにすることができる
のか、イノベーション研究におけるオーラル・ヒストリーでは、どのような
点に留意すべきか、ということの示唆が得られるだろう。
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