要旨
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本稿は,日本企業のトップ・マネジメントに注目し,日本企業の経営課題をトップ・マネジメントという観点から明らかにすることを目的としている.具体的に検討するのは,東京証券取引所第1部に上場する製造業407社の取締役19023人,社長1351人に関する1990年から2006年までの属性と交代・昇進である.具体的に明らかにされる発見事実とは,次のようなものである.<br> 第一に,役員の高学歴化が進行し大卒比率は1995年にピークとなり,さらに2003年までは大学院卒の役員が増加するという形で高学歴化が進行している.<br> 第二に,大卒役員の出身分野に注目すると,その数において社会科学系出身者が最も多く,それに工学系出身者がそれに続いている.役員に占める理科系出身者は47%であり安定的に推移しているが,社長に限定すると理科系出身者の比率はさらに低下する.事務系重視の傾向が役員よりも社長においてより顕著になる.特に,理科系役員の比率が相対的に高いのは,輸送用機械,電機,自動車,医薬品であり,鉄鋼,繊維,化学,パルプ・紙,ゴムなどの素材系では理科系役員比率は低い傾向にある.<br> 第三に,平均年齢に関して,社長,副会長,会長という最上位の階層において平均年齢が低下し,2004年には64歳をきるまでに低下する一方で,役員の入り口となるヒラ取締役会層の平均年齢は1990年以降2006年まで一貫して上昇している.その直接的な原因は,社長,副会長,会長の退任年齢が早くなる一方で,役員就任年が上昇しているからである.役員になるための入社年数はますます長くなり,役員・社長在任年数はますます短期化している.<br> 第四に,役員になるための入社年数が長期化する理由として,組織規模の拡大による組織階層がより多層化し,結果として昇進に時間が長くなることが挙げられる.また,1998年以降は多くの企業が,取締役特に常務や専務や副会長などの中間階層の削減に動いており,そのこともまた役員昇進競争を激しくさせている可能性がある.役員在職期間が短くなる裏返しとして,ヒラ取締役から常務,専務,副社長などのように順に主要ポストを経験する昇進パターンは未だ支配的だが減少傾向にある.<br> 第五に,1990年から2006年にかけて,創業者(一族)企業から経営者企業への移行ケースが顕著に見られ,結果として内部昇進者社長の就任ケースが圧倒的に支配的となっている.また,金融機関出身の社長は意外にも少なく,親会社や取引先出身者が社長に就任しているケースが散見される.株式公開企業の中にも社長の派遣という形で実質的に親会社に人的支配を受け,経営者職能を外部に依存する企業が数多く存在する.<br> 最後に,理系出身の社長が就任する企業は,非大卒社長の企業と比較して,研究開発比率が高いが,売上高営業利益率が低い傾向にある.ただし,文系出身の社長との顕著な相違は見られない.しかし,社長の属性との関連で,創業者あるいは創業者一族が社長に就任している企業は研究開発比率のみならず,売上高営業利益率においてもその他の企業と比較して高い傾向が見られる.これに対して,ますますその数において支配的となる内部昇進者が経営者となる経営者企業の売上高研究開発比率も,売上高営業利益率も,創業経営者と比較して明らかにその水準は低く,統計的にもその差が有意となっている.<br> 以上の発見事実を踏まえて,日本企業の経営課題をトップ・マネジメントという観点から試論的に議論し,技術と経営の橋渡しを可能とする複眼思考を事業経験を通じて習得することを可能とする機会の必要性,キャリアの比較的早い段階での事業全体あるいは全社的視点から事業経営を経験する機会の必要性を議論する.内部昇進者による長期コメント主義を競争力の源泉に据える場合,トップ・マネジメントの意思決定能力向上の鍵は,長期的影響を見据えたロワー・ミドルの処遇とキャリア育成にあるというのが本稿の基本的な主張である.<br>
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