要旨
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現代に生きる我々は、さまざまなディスプレイ(表示装置)にうつし出される文字や画像情報を見ながら日々の生活を過ごしている。主要なディスプレイの基本技術はそのほとんどが欧米で開発されたのに対して、蛍光表示管は基本原理から日本で独自に生み出された。1960年代半ば、小型で低価格の電卓の開発に取り組んでいた早川電機工業(現:シャープ株式会社)は低コスト、低消費電力で数字を表示できるデバイスを欲していた。この製品化・事業化を担ったのが伊勢電子工業株式会社(現:ノリタケ伊勢電子株式会社)であった。「産学連携によって生み出されたオリジナル技術が新興企業によって事業化され、新しい業界の創出を可能にする」という今の日本が求める物語が、40年以上前に存在したのである。ベンチャー・キャピタルのような支援制度が未整備であった時代に何がこれを可能にしたのか。そのメカニズムを探る。
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